【書評 vol.14】20歳の自分に受けさせたい文章講義【要約・感想】

2021年2月7日

綾人
こんにちは!綾人(@xjustchillingx)です。


今日ご紹介する1冊はこちら

20歳の自分に受けさせたい文章講義

著者:古賀 史健
出版社:星海社
発売日:2012/1/26

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この本を読むとこんな悩みが解決します。

それではさっそく見ていきましょう!

本の構成

この本の概要は以下の通りです。

発売日:2012/1/26

ページ数:280ページ

本の構成

  • 「話せるのに書けない!」のはなぜか?
  • その気持ちを「翻訳」しよう
  • 第1講 文章は「リズム」で決まる
  • 第2講 構成は「眼」で考える
  • 第3講 読者の「椅子」に座る
  • 第4講 原稿に「ハサミ」を入れる

気になる箇所をピックアップ!

綾人
今回は本書の中から以下の内容をご紹介していきます。

「話せるのに書けない!」のはなぜか?

この本の目指す目標について、筆者は「話せるのに書けない!」を解消することであると明言しています。

「話すこと」と「書くこと」は、まったく別の行為であり、文章を書くのが苦手な人は「話せるのに書けない!」と悩んでいるのです。

この問題を解消するためには、日常会話では表情や声に乗せていた"感情"を、どうやって言葉に落とし込むのか?について考える必要があります。

本書では、この悩みを解消するための方法を、4つの講義形式で解説されています。

"書く技術"を身につけると、ものの見方が変わり、物事の考え方まで変わります。

さっそく、講義の内容を見ていきましょう。

その気持ちを「翻訳」しよう

文章の講義に進む前に、まずは本講義全体の土体となる話があります。

我々が文章を書く上でぶつかる問題は、次の2点に集約されます。

文章書く時にぶつかる問題

①文章を書こうとすると、固まってしまう

②自分の気持ちを上手く文章にすることができない

文章のスタート段階における「書けない!」と、書き始めたけど「(うまく)書けない!」です。

これの答えは簡単で、書こうとするから書けないのだと本書には書かれています。

自分の"感じ"や"想い"を言葉にしようとしてもなかなか言葉に出来ないものです。

ではどうすればそれらを正しくアウトプットできるのか。

それは、書くことをやめて"翻訳"するのです。

なぜ、翻訳が必要なのか?

文章を書くのは、誰かに何かを伝えるためです。

それは例えば、友人や家族へのメモや手紙、SNSやブログで知らない誰かに向けて、自分に対してというのもありますね。

その際に必要なことは、伝わる言葉で説明することです。

例えば、ITや経済に詳しくない人に説明する時、専門用語だらけの文章を書いても伝わりません。

だからこそ、専門用語を誰にでも伝わるように"翻訳"しなければならないのです。

翻訳の第一歩

それは、聞いた話を誰かに話すことです。

話すことによって、以下のことが得られます。

話すことによって得られる3つの「再」

①再構築:言葉にするプロセスで話の内容を再構築する

②再発見:語り手の真意を「こういうことだったのか!」と再発見する

③再認識:自分がどこに反応し、なにを面白いと思ったのか再認識する

この3つを頭に入れながら人と会話することで、ひと文字も書かずに文章の練習ができます。

また、言葉では無いもの(地図や絵、写真)を言葉にすることも有効です。

この時は、自分の主観や感情などの意見を一切入れずに行うことが大事です。

主観や感情などの個人的な意見は、同じ言葉でも抱く印象が人により異なるので、正確に伝わらないことが多いです。

必要なことを、正確に、簡潔に伝えることを意識して、翻訳をしていきましょう。

4つの講義で書く技術を身につける

それでは、本書のメイントピックである4つの講義を解説していきます。

4つの講義で書く技術を身につける

・第1講 文章は「リズム」で決まる

・第2講 構成は「眼」で考える

・第3講 読者の「椅子」に座る

・第4講 原稿に「ハサミ」を入れる

"書く技術"を身につけて、文章力という武器を手に入れましょう!

第1講 文章は「リズム」で決まる

結論から言うと、リズムとは読みやすい文章のことです。

この読みやすさとは、文と文の「つなげ方」や「展開の仕方」に違和感が無くスラスラと読める文章のことです。

専門的な言い方をすると、文章のリズムは「論理展開」によって決まります。

これらがおかしくなると、主張が支離滅裂になって、なにを伝えたいかが分からなくなります。

では、この「論理展開」を支離滅裂になることなく行うためにはなにに気を付ければ良いでしょうか?

答えは「接続詞」です

ここで1つ具体例を見ていきましょう。

以下に示す文を読んでみて下さい。

企業のリストラが進み、日本の終身雇用制度は崩壊した。能力主義の浸透は、若手にとっては大きなチャンスでもある。若い世代の前途は明るい。学生たちは自信を持って就職活動に励んでほしい。

本書P71より

この文のどこがおかしいかを見ていきましょう。

まず、この文章には「接続詞」がありません。

もしそれぞれの文を接続詞でつなぐ場合、どんな接続詞が適切でしょうか?

例えば「企業のリストラが進み、日本の終身雇用制度は崩壊した。」という一文と「能力主義の浸透は、若手にとっては大きなチャンスでもある。」は、それぞれの文で読めばおかなしなところはありません。

しかし、この文をつなぐための接続詞は「そして」、「しかし」、「つまり」など、どれを使ってもしっくりきません。

つまり、接続詞を意識してみると、この2つの文は全く別の話をしていることが見えてくるはずです。

このように前後の文章が接続詞でつながるかを意識してみることで、支離滅裂になっていないかのチェックを行うことができます

気を付けるのは、「そこに接続詞が入るかチェック」することであり、実際の文章に接続詞を多用しすぎると、かえって読みづらくなるので不要な接続詞は極力削りましょう。

次はリズムについて、もう一歩踏み込んだ話です。

文章のリズムには、「視覚的リズム」と「聴覚的リズム」の2つがあります。

視覚的リズムの特徴は以下の通りです。

視覚的リズム

①句読点の打ち方:1行の間に必ず句読点をひとつは入れる。

②改行のタイミング:最大5行あたりをメドに改行する。

③漢字とひらがなのバランス:ひらがな(白)のなかに、漢字(黒)を置く。

文章を書こうとする人の多くが、忘れがちな視点があります。

それは、「読者は文章を"眼"で読んでいる」という事実です。

例えば、読書で本を開いたタイミングや、ブログで記事を開いた時など、読者はこの一瞬で「なんか読みやすそう」と「なんか読みづらそう」を判断しています。

そのため、どんなに論理展開がしっかりしていても、句読点や改行が無い文章だと、読まれない文章になってしまいます。

①②③それぞれに共通していることが、「圧迫感」です

①は文を区切り、②は行間を解消し、③ではひらがな(画数が少ない)と漢字(画数が多い)のバランスを考えることで、文字そのものが持つ圧迫感を解消します。

続いて、聴覚的リズムです。

聴覚的リズムとは、以下の点を音読をしながら確認します。

聴覚的リズム

①読点「、」の位置を確認する。

②言葉の重複を確認する。

読点にはもともと「文意を明確にして読者の理解を助ける」という役割があります。

音読をすることで、自分の意図する箇所に「継ぎ目」としての読点が入っているかをチェックすることができます。

また、同じ言葉が何度も重なると、文章のリズムは悪くなります。
こちらも音読をすることで、言葉の重複に気付くことができます。

第2講 構成は「眼」で考える

文章の面白さは「構成」から生まれます。

文章の構成と聞いて、まず思い浮かぶのが「起承転結」です。
われわれ日本人には体内に起承転結のリズムが染みついています。

しかし、この起承転結のリズムは文章構成において避けられがちなのも、また事実です。
その理由の一つとして、起承転結の"転"の存在があります。

物語をストーリー仕立てで語るとき、"転"の効果は絶大です。

しかし、ビジネスや学術系の文章には、物語が転換するような要素は必要ありません。
つまり起承転結の"転"は、ストーリー仕立ての流れにおいてこそ、効果を発揮するのです。

そこで用いるのが、「序論・本論・結論」の3部構成です。

この3部構成を用いるのに参考になるのが、映画やテレビドラマのカメラワークです。

3つのカメラワーク

①導入(=序論)・・・客観のカメラ(遠景)→客観的な状況を説明。

②本編(=本論)・・・主観のカメラ(近景)→序論に対する自分の意見・仮説。

③結末(=結論)・・・客観のカメラ(遠景)→客観的視点からのまとめ。

①では、これからなにを語るのかを説明し、②ではそれに対する自分の意見を述べる。
③で再び客観的な視点に立って論をまとめていく。

カメラはいまどこに置かれ、どんな順番で、なにをとらえているのか。
カメラを意識するようになると、文章と文章のあるべき順番も理解しやすくなり、文章の説得力も増してきます。

また、第3講で詳しく説明がありますが、文章を書くにあたって大切になる要素が「導入部分の書き方」です。

読者は、最初の数行を読んでつまらないと思ったら、もう読みません。

そこで、いかにして読者の期待を煽り、本編まで読み進めてもらうかを考える必要があります。

具体的な方法として、導入には映画の「予告編」を用います。

予告編の基本3パターン

①インパクト優先型

②寸止め型

③Q&A型

①は、あえて冒頭に読者が「おっ?」と興味を惹くような結論を持ってきて、そこから「客観のカメラ(遠景)」へと切り替えていきます。

②は、ホラー映画の予告などでよく使われる"見せない"という手法です。
核心部分を観客に想像させることで、読者の中身を知りたいという欲を引き立てます。

③は、寸止め型の"見せない"とは真逆で、読者に対してなるべく早く情報提供をしてしまいます。
与えられた情報に興味を覚えた読者は、続きの詳しい説明に耳を傾けます。

導入で惹いた読者の興味を継続させるためには、文章の一貫性が大事です。
前述では、論理破綻させないために「接続詞」に注目した講義を紹介しました。

ここからは更に、論理的な文章を書くための「論理的な文章の3層構造」を紹介します。

論理的な文章の3層構造

①主張・・・その文章を通じて訴えたい主張

②理由・・・主張を訴える理由

③事実・・・理由を補強する客観的事実

この3層構造が守られているのが、論理的文章です。

まず、読者は必ず「この人は何が言いたいのだろう?」と考えながら読んでいます。
書き手はこの問いに対して、"ひと言"で答えられなければいけません。
これが①の"主張"です。

続いて②ですが、どんなに立派な主張があっても、中身が空っぽでは意味がありません。
主張を論理的なものにするには、主張を支える"理由"が必要です。

そして"理由"を補強するために③の事実を用います。

この3層構造をいつも意識し連動させることで、論理的な文章を書くことができるようになります。

第3講 読者の「椅子」に座る

アマチュアだろうとプロだろうと、あらゆる文章の先にはそれを読む"読者"がいます。
ところが、文章を書くにあたって読者の存在を意識しない人は多いです。

そこでこの第3章では"読者"をテーマに、「どう読まれるか?」「どう読ませるか?」についての講義となっています。

文章を書く際に必要なのは、読者の隣に立つことではなく、読者を同じ椅子に「座ること」です。

読者の椅子に座るとは、肩を並べ、同じ景色を見ることです。

人は、人によって置かれている環境や見ている景色が違うのに「自分には読者の気持ちが分かる」と思うのは、書き手として傲慢すぎる考えです。

本書では、書き手が本当の意味でその「椅子」に座れる読者は、次の2人しかいないと書かれています。

書き手が座れる読者の椅子

①10年前の自分

②特定の"あの人"

①の10年前とは、別に半年前でも、20年前でも構いません。
あなたは今、有益な情報を手に入れています。

その情報を、「10年前に知っていたら」あなたの人生は変わったかもしれないと思いませんか?

その思いがあるならば、「10年前の自分」の椅子に座ればいいのです。

10年前の自分に、今のあなたが持っている情報を伝えるとしたら、どんな言葉に耳を傾けるのか。どう伝えれば納得してくれるのか。

今、この瞬間にも日本のどこかには「10年前の自分」はいます。

10年間の自分が、自分がどんな景色を見て、どんな悩みを持っていたかを振り返りながら文章を書いてください。

これが、読者の椅子に座るということなのです。

②の特定の"あの人"の椅子に座るとは、「多数派の罠」に囚われないということです。

10人の読者が居れば、10通りの読み方が存在します。
それにも関わらず、"読者"という言葉で一括りにしてしまうのは非常に危険です。

多数に向けた情報は、読み手の数だけ情報を包含しなければならないので、その分主張が弱くなります。

つまり、"みんな"から喜ばれようとすればするほど、誰からも喜ばれない文章になるのです

逆に、情報を届けたい読者を絞り込めば絞り込むほど、言葉のベクトルがはっきりするため、文章にも具体性が出てきて、想いや内容が伝わりやすくなります。

ただし、ここで気を付けなければならないことがあります。

それは、あらゆる人に開かれた"平易な文章"ほど難しいものは無いということです。

少数派の人間に絞っていくと具体性が出てきますが、具体性が強くなると専門性に溺れやすくなります。

専門性が強まると文章は雑になっていき、"読者の椅子"から遠ざかることになります。

専門性に溺れないためには、椅子に座る「特定の"あの人"」ではなく、自分でもない、もうひとりの読者を想定します。

その分野の非専門家、自分の書くテーマとまったく無縁な人が読む姿をイメージするのです。

さて、読者の椅子に座ることについて紹介してきましたが、この第3講にはもう一つの重要なトピックがあります。

それが、"説得"せずに"納得"させるです。

文章を書く時は、読者に「わかってほしい」という気持ちを持つと思います。

しかしあなたが読者だったとして、書き手が一生懸命"説得"しようとしている文章を読みたいと思うでしょうか?

きっとそんなことは無いでしょう。
上から押さえつけるような"説得"に対して、読者は必ず反発します。

そこで出てくるのが、"説得"するのではなく、"納得"させるという手法です。

この2つは「読者を動かす」という意味では共通していますが、そのアプローチは全く違います。

読者を動かす2つのアプローチ

①説得・・・押しのアプローチ(読者を押し切る)

②納得・・・引きのアプローチ(読者に歩み寄ってもらう)

基本的に、人は他人事に興味はありません。

どんなに正しく立派な教えだったとしても、それが読者にとって「他人事」であるうちは耳を貸してもらえません。

これは「他人事じゃない!」と感じた時、読者は自らその情報に歩み寄っていきます。

つまり、どんなに正しい文章で読者を説得しても、頭で正しいと思えても、「心」が動かないと「自分事」として捉えないので、「読者を動かす」ことはできないのです。

読者に提示した文章を「他人事」から「自分事」に変えるためのアプローチには次のようなものがあります。

読者を動かす2つのアプローチ

①仮説と検証

②起"転"承結

まず必要なのは、読者を「議論のテーブル」につかせることです。

①では、「あなたはこの仮説をどう思うか?」と問いかけ、読者と一緒になって、その"仮説"が正しいかどうかの検証作業にあたります。

読者を「プレイヤー」へと誘うことで、「他人事」から「自分事」へと変換していくのです。

②では、さらに読者を巻き込むための戦術を仕掛けます。

一般的に聞くのは「起承"転"結」ですが、ここでは「起"転"承結」という手法を取ります。

この方法では、以下の様に論理展開を用います。

起・・・一般論など、広く認知されている主張を述べる。

転・・・前述の一般論を否定し、読者に問いかける。

承・・・その否定の理由と客観的事実を述べ、読者と共に検証する。

結・・・検証結果をまとめ、読者に納得感を与える。

冒頭から一般論を否定することで、読者にこの後どんな論理展開が起こるのか興味を惹くことができます。
そして、"事実"と"根拠"を提示し、読者自身が自ら結論を出すように導きます。

読者自身が出した答えと一致するように結論をまとめることで、読者は自らその結論に達したと思うことができ、納得感を与えることができます。

主張から結論まで事実と根拠を提示し続けることで、"説得"力のある文章は書けます。
しかし、それでは元々興味のある読者くらいにしか、最後まで文章を読んで貰えません。

文章が自己完結してしまっていては、読者自身が議論のテーブルに参加できないためです。
「正しい」だけの文章は、その正しさゆえに伝わらないのです。

文章のどこかで読者を巻き込み、「他人事」から「自分事」に変えることで、効果的に議論のテーブルへと着かせることができるのです。

第4講 原稿に「ハサミ」を入れる

第4講では、"推敲"をテーマにしています。

自らの文章にハサミを入れ、切るべきところをザックリと切り落とす。
文章の「あっち」と「こっち」を大胆に差し替える。足りないと判断すれば、数ページ分の長文をドカンと追加する。

「切る、貼る、足す」この作業ができて初めて、"推敲"を行うことができるといいます。
そして、これらの推敲作業をまとめて、本書では"編集"と呼びます。

ここで紹介する"編集"には、2つの段階があります。

2つの編集

・書きはじめの編集

・書き終えてからの編集

まずは、書きはじめの編集についてです。

何かを書きはじめる時に、「素材を集める」とか「題材を探す」と言っている時点でもう間違っています。

書くべきものは日常のなかに転がっています

書くべきものが見当たらないのは、素材や題材が足りないのではなく、"元ネタ"が多すぎるせいで見えなくなっているのです。

必要なのは、「何を書くか?」ではなく「何を書かないか?」という視点に立って、すでにある"元ネタ"を編集していくのです。

それでは、具体的に「書かないもの」を見極める方法です。

頭の中では色々なことが浮かんでいるのに、文章にしようとすると手が止まってしまうことがあります。

そんな時は、紙に書き出して目に見える形にしてしまうのがいちばんです。

例えば、「最近のテレビ」に関して10個ほどキーワードを紙に書き出したとします。

おそらくその10個には何らかの"傾向"があるはずです。
「①つまらない」であるとか「②ドキュメンタリーは面白い」などを挙げた場合、"番組の内容について"という傾向が見られます。

今度は、"それ以外のこと"に限定してもう10個キーワードを出してみます。
例えば「ネット動画の方が見るようになった」「テレビだけでは無く雑誌もつまらなくなっている」など。

こうして、"ある傾向を持つキーワード"と"それ以外のキーワード"の両方を出し尽くしたとき、ようやく"元ネタ"が揃います。

ひとつの傾向だけではその内容に流されしまうので、より広範囲な"元ネタ"を集め、その中から「何を書かないか?」を考えるのです。

最初の10個だけだと似通った傾向のキーワードだけなので、「テレビ=つまらないもの」という文章しかできあがりません。

しかし、"それ以外のキーワード"を合わせることで、例えば「テレビユーザーだった人達が今時間を割いているコンテンツは何なのか?」などの文章を作成する"元ネタ"ができるので、文章に伸びしろが出てきます。

これが、文章を書きはじめる前に行う編集です。

続いて、書き終えてからの編集についてです。

文章を書き終えてからする作業が、"推敲"です。
そして、推敲とは「過去の自分との対話」です

文章を書き終え、暫くしてからもう一度その文章を読み返します。
すると、「今の自分」と「過去の自分」で対話ができます。

読み返してみると、「ここの文章意味が分からない」とか、「ここ結構面白い」など、的確な推敲をすることができます。

また、推敲を進める上での最大の禁句は「勿体ない」です。

読者は、筆者の「頑張り」や「悩んだ量」を評価するわけではありません。

あくまでも、文章の面白さや読みやすさなどの、内容について評価します。

「せっかく書いたのに」などの気持ちで残した文章は思い切って削ってしまい、読者にとって必要な内容だけを残すようにしましょう。

この削るという行為は、不要な内容を残さないだけでは無く、次のような理由があります。

推敲をする3つの理由

①・・・冗長さを避けてリズムをよくする

②・・・意味を通りやすくする

③・・・読者の不安をやわらげる

①の意味については、第1講にて記載してありますので、ここでは割愛します。

そして、②が最も大事な理由です。

文章を書く上で、接続助詞と言うものが出てきます。

「○○したが、△△だった」と言う文章の場合、「が」という接続助詞で繋げられています。

しかし、「○○した。だけど△△だった」と捉えられる場合と、「○○した。そのため△△だった」と異なる意味で捉えられてしまうことがあります。

これは、「が」という接続助詞が逆接以外にも、順接の意味でも使われるためです。

だからこそ、このように誤解を招く表現にハサミを入れ、「○○をしたのに、△△だった」または、「○○をしたので、△△だった」のように意味を通りやすくする必要があるのです。

③は少し分かりにくいかもしれません。

日本語と言うのは、結論が文章の最後に来るため、一文が長いと途中で何の話をしているか分からなくなることがあります。

例えば次のような文章です。

うちの近所には、歩いて5分ほどの距離に醤油ラーメンの人気店が1軒、自転車で30分ほどの距離にとんこつラーメンの店が1軒あるのですが、私の食べたい味噌ラーメンの店はどこにもなく、なにも食べずに我慢しました。

本書:P254より

文章を読み終わるまで、「ラーメンを食べること」についての文章なのか、「近所のラーメン店を紹介する」文章なのか分かりません。

このように、筆者の伝えたいことが何なのか不明なまま文章が進むと、読者は集中して読むのが難しくなります。

読者が今何の話をされているのか、どの部分に着目して読めばよいのかを安心して読み進めてもらうためにハサミを入れる必要があるのです。

さて、第4講も残り少なくなってきましたが、ここで第1講から度々出てきた"論理"について振り返ります

"推敲"の工程では、自分の書いた文章が論理的かどうかをチェックします。

論理的な文章が書けているかチェックする2つの視点

①・・・この文章を、図に書き起こすことは出来るか?

②・・・この文章を読んで"映像"が思い浮かぶか?

もし、論理的に書かれた文章であれば、その主張や論理展開をシンプルな図に起こすことができます。

しかし、支離滅裂な文章だと、上手く図にすることはできません。

次に、文章を読んで"映像"が思い浮かぶかです。

例えば「とても美味しいステーキを食べました。」と書かれても、何の肉で、どんな味がして、どんな匂いがして、どんな食感で、どれくらいの量を食べて、どんな気持ちになったのか、などが伝わりません。

読者に文章に没入してもらうためには、細部の情報が必要になります。

自分の書いた文章を読んで、図や映像に起こすことができなければ、足りないものや余剰なものがあると思って、ハサミを入れてみてください。

また、家族や友人などに読んで貰うのもひとつの手です。

ただし、文章を読んで貰った時に「この文章分からない」とか「読みにくい」と言われた時に怒ってはいけません。

怒って「この文章にはこんな意味がある!」、「この文章はリズムを大切にしている!」などと言葉で反論するのは、それだけ文章に言葉が足りていないという事です。

講義を始める前にお伝えした、"翻訳する"ということを意識して、文章を読み返してみてください。

まとめ

今日は『20歳の自分に受けさせたい文章講義』についてご紹介してきました。

突然ですが、最後に一つ質問があります。

「いい文章」とはどんな文章のことだと思いますか?
次を読む前に、少し考えてみてください。

答えは出ましたか?

答えはとてもシンプルで、「いい文章」とは「読者の心を動かし、その行動までも動かすような文章のこと」です。

読む前後で読者の心が変わり、行動までも変わっていること。

そんな文章を書くためには、自分の書きたいことだけを書いていても仕方ありません。

本書の講義で紹介されている、「翻訳」「論理展開」「構成」「読者の目線」そして「編集」、これらを意識して、文章に臨むことが大切です。

そして、いい文章を書くのに"文才"はいりません

本講義を読み進めた方は分かると思いますが、本講義で紹介されている内容は、全て"技術"的なものばかりです。

いくつかの技術と簡単なルールを学び、後はそれらを意識しながらとにかく文章を書く。
これを繰り返すことで、文章は上達していきます。

自分には才能が無いから、と言い訳をする時間があれば、一文字でも多く書くことが大切です。

本書には、文章講義について更に丁寧に書かれています。

本気で文章を学びたい方にとって、有益になることが必ず書かれていますので、ぜひ手に取って見てください。

最後まで読んで頂きありがとうございました!

20歳の自分に受けさせたい文章講義

著者:古賀 史健
出版社:星海社
発売日:2012/1/26

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